9月11日午前、14日に開催される記念ウオークの下見のため有馬山口線バイパス道路を歩きました。 山口町の方から有馬に向かって歩くと、中野までは広い歩道が整備されていますが(一番左の写真)、開通後はそれから先の道路は路側帯を歩くことになります(左から2番目の写真)。 神戸側に行くと道路照明灯が...
山口町郷土資料館のページは移動いたしました。 下記をクリックしてご覧ください。 https://nishinomiya-yamaguchi.jp/?p=24102...
大正4年(1915年)開通 年間の湯治客が20万人を超える有馬温泉と福知山線三田駅を結ぶ、全長12.2㎞の鉄道が大正4年(1915年)、京阪神の有力財界人が発起人となる有馬鉄道株式会社により完成しました。 有馬駅(終点) 当時...
さようなら橋脚 現地見学会 主催:山口・船坂校区青少年愛護協議会 昭和18年6月30日(1943年)国策により廃線となった有馬鉄道。 全線を通じても代表的な遺構と言える橋脚や橋台が山口町中野十八丁川に残っています。 しかし、有馬山口道路改良工事に伴い取り壊されようとしています。 最後の姿...
明徳寺境内に地蔵尊が祀られています。古くは、上山口地区の南端、字才ノ神(すみれ台住宅団地の入り口付近)にあり、道祖神(サイノカミ)を兼ねていたようです。それが、いつ頃か定かではありませんが当寺の境内に移されたとされています。 明治43年1月の寄附帳(明徳寺蔵)に、「明徳寺境内 歳神地蔵尊...
清水谷道 船坂から船坂峠をへて鷲林寺へ抜ける街道であり道標(左宝塚、右西宮)が残ってる。江戸時代は「船坂間道」と呼ばれていた。 昭和初期までは、西宮への買い物や酒蔵の西宮郷や今津郷へ丹波杜氏が通った道であった。 明治頃、この間道沿いに鉱石の試掘りの記録が数多くある。本格的な開発はなく、採掘跡は...
船坂谷道 船坂川沿いの街道で「老ケ石」、「川上の滝」、「石の宝殿」などがある。 「老いが岩」と呼ばれる大岩があり、「大石さん」とも呼ばれ船坂山王神社が建立されるまで信仰の石として祀られていた。「石宝殿」へは六甲山南部の近隣村から、又、六甲山北部の山口、名来、船坂などからも“雨乞い”に通っていた。...
有馬(湯山)と大阪、丹波、播磨をつなぐ街道(古道)は点在する石造物などによって垣間見ることができますが、新らたに道標が設置され当時の道筋がわかるようになりました。 主要道であった播磨街道、丹波街道、湯山街道、船坂谷道、清水谷道に建立されています。 今、船坂の山には白いたむしばの花...
<山口ホールでのイベント情報はこちらから⇒> 複合施設「山口センター」の1階に音響効果の高い3段階昇降式の舞台を備えた230席のホールがあります。 コンサートはもちろん、講演会、地域のイベントなどが次々と開催されています。 1階の展示室はホールのホワイエとしての役割の他、ホールの使用のない...
船坂では、現在再生中の古民家が2つあります。 一つは、武庫川女子大の学生さんが中心となっている「古民家族」の古民家。 もう一つは、山王神社から少し北へ下ったところにある一軒のかやぶき屋根です。 ここも、古材問屋さんと河原工房さんが協力して再生中です。 西宮船坂ビエンナーレの時に...
西宮山口