太夫の語り(浄瑠璃)と三味線による音曲に合わせて人形遣いが人形を操り演じる今日の文楽(人形浄瑠璃)のルーツが西宮であることは、西宮が人形操り発祥の地と呼ばれていることから、ご存知の方も多くおられると思います。
人形遣いの芸を西宮神社で披露していた傀儡師たちが、「えびすかき」で
えびす様のご神徳を広めていったと言われています。
やがて、三味線を伴奏に、浄瑠璃に合わせて人形を操り演じて、人形浄瑠璃へと発展していくのですね。
やまぐち異聞録の記事「江戸時代、盛んであった浄瑠璃」によると、
ここ山口地域でも浄瑠璃が盛んであったとのこと。
江戸時代に建立された、山口町に3ヶ所ある太夫の墓碑のうち、
今回は二人の太夫「竹本加治太夫」「竹本増太夫」の墓碑を巡ってきました。
墓碑に関連する記事「山口の石像遺物」の中でも、浄瑠璃の太夫の墓碑について
紹介されています。
山口地域でも浄瑠璃が盛んであったことに加え、師匠を慕って弟子たちが供養を
されていたのだと思うと、そこに歴史の重みを感じることができ、
こうして今も残っていることを誇らしく思いました。
冬が終わると桜の季節がやってきます。
お花見ついでに、山口町ぶらあるきマップを手に、
歴史をたどるぶらあるきも楽しんでみませんか?