山口町の社寺

山口には規模の大きなものではありませんが、たくさんの神社やお寺があります。どの神社も林業や農業といった生活と密接に結びついたものです。お寺については、文明年間(1469~86)に蓮如が名塩に来た祭に新たな真宗寺院五ケ寺が山口町に開かれたという特徴を持っています。

名来神社

 さくらやまなみバスの北部方面終点の名来停留所から「愛宕橋」を渡ったところに 名来神社があります。実は名来神社は火の神さまと水の神さまの二つの神社の総称なのです。どちらも私たちの生活には欠かせませんが、ひとつ誤れば生命をも失ってしまうほ  …

受西寺

紫雲山 受西寺(じゅさいじ)  真宗大谷派(東本願寺末)で、本願寺中興の祖と言われる蓮如上人(1415生1499没)が真宗布教のため開かれたといわれていますが確証はありません。寛永十三子年(1636年)、中興の祖である秀益より継承し現  …

中野皇太神社

祭神は天照皇大神で、いつ頃、誰が、どんな理由で祀るようになったかは定かではありません。昔地区内に不幸(特に疫病の発生)が続いたため、有志が伊勢神宮に参拝し神璽(お札)を受け、現在地にお祀りしたのが始まりであると伝えられています。神殿には  …

銭塚地蔵尊

下山口にあり、石像の尊像は蓮華座の上にある立像で、右手には錫杖を握り、左手に宝珠を持った高さ約二尺(60.6センチ)の地蔵尊です。光背に刻まれた火焔光形式の変化などから16世紀後半に作られたとされています。

光明寺

宗派 浄土宗(知恩院末) 本尊 阿弥陀如来 山号 護念山 寺格 能分五等 創立 天文10年10月2日(1541年) 浄土宗 護念山 光明寺は天保12年(1841)に再建された堂字が老朽化したため、昭和47年9月、全面改築され、鉄筋コンク  …

城ノ垣内稲荷神社

いつ頃、誰が、どんな理由で祀り始めたのかは不明ですが、上山口地区の守り神として大切に祀られています。 稲荷信仰では、地名を冠して呼ばれることも多いので、鎮座地字名の「城ノ垣内」をとって、城ノ垣内稲荷と呼ぶようになったと言われています。昭  …

明徳寺

浄土真宗大谷派の寺であるが、江戸代初期の貞享3(1686)年の火災で文書などを 焼失したため、創立年など詳しい事は分からない。   本尊の阿弥陀如来立像はヒノキの寄木造で目には玉眼がはめられており、 緩やかな線で刻まれた衣文  …

公智神社

平安時代の『延喜式』にも出てくる公智神社は代々山口の氏神。 木材の神といわれる久々能智(くくのち)の神を祭神として祭られています。   秋祭りには上山口・下山口・中野・名来・金仙寺地区の合計7基のだんじりがそろい、 名来地区に  …

丸山稲荷神社

  祭神  稲倉魂命(うかのみたまのみこと) その昔、多田源氏の一族山口氏が当地(丸山山頂)に城を構え、その鎮守として祀られたのが初めといわれ、天正年間(1573年~1591年)に山口氏が没落後祭祀を為す者が無く絶えていました。 ある時、こ  …

金仙寺観音堂

昔は尼僧がおられましたが、現在は無人のお堂。 近隣の住人の方々がお守りされています。 この横からの丸山への登山道が、一番緩やかに登れます。 最寄りのさくらやまなみバス停:金仙寺

善照寺

黄金山 善照寺 真宗大谷派(東本願寺末寺) 創立 寛正2年2月10日(1461年) 沿革 初めは浄土宗であった。室町時代、本願寺八世蓮如上人来錫のおり上人に帰依するのもが多く真宗になったと伝えられています。 開基 釈善想 本尊  …

国玉稲荷神社

山王神社の裏側(東側)を回り込むと木の鳥居のある山があります。 少し急な登り道だが、小さなお社がていねいに奉ってありますが、ここから見下ろす集落の風景も素敵です。   祭神 国玉大明神 明治34年(1901年)に農耕、殖産興  …

山王神社

祭神 大己貴命(おおなむちのみこと)、少彦名命(すくなひこなのみこと)、猿田彦命 祭事 3月;五穀豊穣記念祭、7月;夏祭り、11月;五穀豊穣感謝祭、 当神社は、天正年間(1578年頃)、別所長治の祈願所であったため織田信長軍の兵火にあい、社  …
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